池透暢(いけ・ゆきのぶ)選手は車いすラグビーで活躍しているトップアスリートです。
パリパラリンピックでは、3度目の出場。
アメリカを48―41で破り、金メダルを獲得しました。
池透暢 選手が車いす生活になったのは、19歳の頃の5人乗車していた3人が命を落とす交通事故が原因です。
左足切断、左腕の自由が奪われました。
今回は、池透暢 選手がどんな人なのか、今までの経歴や支えているご家族や息子さんについて調査していきます!
✔ 結婚した奥さんや息子はどんな人
✔ 車いす生活になった理由
✔ 交通事故の経緯
✔ 今までの経歴・パラリンピック成績
もくじ
池透暢(パラリンピック金メダリスト)プロフィール
出典:X
名前 | 池 透暢 (いけ・ゆきのぶ) |
生年月日 | 1980年7月21日 |
年齢 | 44 歳(2024年8月現在) |
出身地 | 高知県 高知市 |
血液型 | A型 |
クラス | 3.0 |
所属 | 日興アセットマネジメント株式会社 高知freedom |
経歴 | 高知市立南海中学 ⇒高知県立高知南高等学校 |
競技歴 | 2013: ウィルチェアーラグビーチャレンジ(デンマーク) 5位 2013: アジアオセアニアチャンピオンシップ(南アフリカ)準優勝 2014: 世界選手権(デンマーク) 4位 2015: アジアオセアニアチャンピオンシップ(千葉) 優勝 2016: リオデジャネイロパラリンピック 銅メダル 2017: IWRFアジアオセアニアチャンピオンシップ(ニュージーランド)準優勝 2018: 2018ジャパンパラウィルチェアーラグビー競技大会 優勝 2018: IWRFウィルチェアーラグビー世界選手権 優勝 2021: 2020年東京パラリンピック 銅メダル 2024: 2024年パリパラリンピック 金メダル |
池透暢の家族構成!息子はサッカー選手?
池透暢 選手には、妻、息子が2人の4人家族です。
妻:
長男:池壱樹(いつき)さん 17歳
次男:池央泰(おうた)さん 14歳
妻のお名前は明かされていませんでした。
池透暢 選手はアメリカのチームに所属した時期もありますので、大変な子育ての苦労もあったかと思います。
そんな、息子さん2人はサッカー選手として活躍しています。
長男は高校サッカーストライカー
長男・壱樹(いつき)さんは、中学時代はJAFアカデミーに進み、
全日本ユース(U-15)選手権大会でもゴールを決め、勝利に貢献しています。
現在は、神戸弘陵高校のストライカー。
【結果速報】
2024.6.1
インターハイ 神戸予選📢試合終了
神戸弘陵 6 – 0 飾磨得点者⚽️
10分 池壱樹
12分 OG
34分 中邑蕾羽
41分 藤本達真
59分 中邑蕾羽
72分 北山大成#高校サッカー #ジュニアサッカーWeekly— ジュニアサッカーWeekly【公式】 (@JSW_Official) June 1, 2024
池透暢 選手がアメリカに渡ったことがきっかけで、
ご自身もサッカー選手になる夢に向かって頑張っているそうです。
次男もサッカークラブで活躍
次男の央泰さんは、地元・高知県のサッカーチーム「FCソレアーダ高知」に所属しているそうです。
◎3部参入決定戦
12月3日(日) 春野中学校グラウンド
FCソレアーダ高知B 4-0 室戸・清水ヶ丘・安芸中学校
(4-0/0-0)
得点者
・池央泰
・竹村歩人
・水田奏音
・水田奏音 pic.twitter.com/Dny7Oev4Ol— FCソレアーダ高知 (@soleadakochi) December 3, 2023
2人の息子さんもスポーツ万能ですね。
池透暢は事故で車いす生活に
池透暢 選手が車いす生活になった原因は、19歳のときの交通事故です。
車には友人同士5人が同乗していたそうです。
その車が街路樹と衝突。
池透暢 選手は、炎上する車の中で3人を亡くしました。
ご本人も、全身の70%以上の大やけどを被い、左足は切断し、左腕の感覚もほぼ失いました。
背中や頭部の皮膚を移植するなど、2年半で約40回もの手術をしたそうです。
終わらない手術に絶望を感じたと語っています。
「今回が最後の手術だ」、「これですべての手術が終わる」、そう言われても術後の経過が思わしくなく、またすぐに手術がやってくる。終わりが見えなくて、その度に心をかき乱されてきました。
引用:パラサポ
しかし、入院中、友人たちの死は聞かされていませんでした。
彼らも「治療を頑張っている」と自分に言い聞かせ、痛みや辛い日々を乗り越えたそうです。
その後、友人たちの死を聞かされたときのショックは計り知れません。
想像も絶するほどの、深い悲しみに襲われたことでしょう。
当時のことを次のように、インタビューでは語っています。
友人たちの代わりに、這ってでも生き抜き、人に認められることを成し遂げ、輝かなければならない。そのためにもとにかく前へ進むしかないのだと。
引用:島津製作所
池透暢 選手は、「友人が生きた証を残したい」との一心で、
パラリンピックで金メダルを獲ることを目標に日々挑戦してきました。
その情熱がついに実を結び、3度目のパリパラリンピックで、悲願の金メダルを手にしました。
まとめ:池透暢(ゆきのぶ)選手について
今回は、池透暢(ゆきのぶ)選手の車いす生活になった原因の事故や家族について、紹介しました。
✔ 息子は高校、中学生でサッカーをしている
✔ 長男は、U-15日本代表にも選ばれたことがある
✔ 車いすになったのは、交通事故が原因
✔ 車いすバスケを最初にしていたが、骨折やケガが原因で車いすラグビーに転向
亡き友人たちに捧げる金メダルをパリパラリンピックで獲得しました。
車いすラグビーは年齢層も幅広く、女性男性が混合で戦うチームです。
今後も、パラリンピック競技や車いすラグビーでの活躍を、ぜひ、応援していきましょう!
それでは、ここまでお読みいただきありがとうございました!